行き場の無いストレス
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今日も、長崎県大村市の国道34号線で爆音車が発狂している。交番や市役所や議員宅、イオンやシーハット、小学校がある場所で延々何年も爆音車が放置されている事がおかしい。大村市は県で唯一人口が増えてる市だということを売りにしているけど、爆音車やふかしバイク、上空を飛び回る訓練機の騒音対策には手を付けないのは何故?flightrecorder24での記録も膨大になった。Youtubeで見つけた地元の人が投稿したゾロ目時間にふかす爆音バイクの動画を引用したら、即非公開になった。
警察に通報相談した結果、「警察への嫌がらせ」だと言われた件についても被害者を貶めるやり方として酷いので書きたいが、思い出すのも苦痛な状態になっている。被害者を助けるどころか追い詰めている警察、異常事態と言わずしてなんと言う?私は頭の中で「警察は集団ヒステリーを起こしている」と浮かび、警察官の前で何度もそれを飲み込んだ。
吐き出すように書いてる時はストレスが高い時だ。というか常にストレス下だ。加害者はデバイスをハッキングして監視し放置。それに基づいて加害を調整してくる。弱音を吐けば加害を強めてくる。周知を始めてからモスキート音のような脳鳴りが始まり、それが一秒たりとも止むことが無い。耳鳴りは多くの被害者が訴えている。
周知の時や警察に対して訴えるのは、もしこれが嘘や妄想だとして、私にはなんのメリットも無いということ。寧ろ、監視を暴くことは社会に利する意外無いでしょう。でも 歴史を調べたりAIに深堀分析してもらううちに、奴隷生活を手放したくない人がほとんどなのだなと思い始めた。もちろんそれは無自覚。今資料を調べる気力も無いので参照は省くけど、ローマ帝国時代から脈々と続く支配が形を変えてるだけなんだよ(ひょっとするともっと前から?)。それを知ることはショックを伴うし、じゃあどうすればいいのって話になるから、人間は現状を手放せない。昔、友達役工作員が言ってた言葉を思い出す。「みんな我がかわいい」そんな〜って思ったけど、今それを痛感する。集団ストーカーが本当はどういう呼び方をされてるのかわからないが、私は知っていて知らぬふりをしている人が多数いると思っている。
それは、ある意味自己検閲というものかもしれない。監視があると知らされるだけでも影響を受け言動が制限されてしまう心理。私は幼少期からの家庭環境などで、誰も助けてくれなかったという恨みにも近い感情がある。本来なら、このシステムを設計し運営しているものにその矛先は向かうべきだ。それが巧妙に隠蔽されているからみんな撹乱される。怒りの行き場を探してるのはみんな一緒だ、と優しい目で見るのも過酷な被害に晒されている被害者には辛いものだ。
↘️🟡のアンカリングカラーのシャツのまちぶせカップルをやり過ごすと後ろに付かれた時の動画です。横に移動して振り向くとカップルも一緒に後ろに向くという不審な動き。私を気にしてないのなら、そのまままっすぐ歩き続けるのでは?
通行人を装った監視役のごく一部です。四六時中大量の人員を使って監視を意識させます。
これだって警察に見せれば「偶然じゃない?」「別にあなたを気にしてるわけじゃないんじゃない?」と徹底的に被害者を全否定するでしょうね。そのように考えるようにしたのはこれまでの警察の不適切な対応です。
駄文を読んでいただきありがとうございます。
#集団ストーカー
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